僕は生まれてからずっと両親の真似をして大きくなりました。歩くこと、食べること、喋ること、すべて両親の真似をして覚えたのです。そして物心がついてからは両親に連れられて劇場に行く事を覚えました。劇場は僕にとっては魔法の国でした。劇場に入ってまず最初に目につくのが緞帳です。緞帳の後ろには何があるのかしらと大きな期待を持って開演を待ちました。遂にその幕が上がると、その後ろには装置と照明と衣装で作り上げられた夢の世界がありました。それは現実そっくりに作り上げられたものであったり、現実ではありえないような風景が現れて来るのです。そこでは様々な姿をしたパホーマーが 泣いたり笑ったり、歌ったり踊ったり。そして幕間になると幕の向こう側でドンドン、ガタガタという音が聞こえて来ます。小さな劇場ですと客席の一番前の席からそっと幕をめくって中を覗くことが出来ました。驚いた事に幕の向こう側で大きな舞台装置が回ったり引っ込んだりして瞬く間に情景が変わって行くのです。あとは家に帰って役者の真似をする事です。侍の役が一番好きでした。眉を凛々しく描いて紙で作り、竹光の刀で友達と斬り合いをするのです。中学一年ぐらいには舞台の模型まで作り始めました。回り舞台を作り装置を作 って豆電球で照明を作り、そうして勿論舞台転換も、、、
それがエスカレートして遂にはプロフェッショナルの劇団に入りました。しかし日本では当時まだ、現代劇の演劇学校がなかったので仕方なく古典劇の師匠の所に行って、昔から伝わる演劇のテクニックを学びました。古典劇を学ぶと言う事は全て師匠のモノマネをして師匠そっくりになる様に努力する事です。それでも現代劇を続けているうちにある日、思いもよらず brook のもとで仕事をするチャンスを得ました。最初のレッスンは今までに経験した事のない即興劇でした。即興劇をやれと言われても何をやっていいかわからなかったので日本で習った古典の動きを組み合わせて動き始めました。しかしある日、 Brook から「もう日本の古典演劇の真似をするな」とダメが出ました。そう言われて僕はまるで大海に一人放り出された様な気持ちになりました。頼るものが何もなく、ただあちこちを漂う難破船のようでした。しかしその時、初めて創ると言うことを考え始めたのです。自分の仕事は単に古典演劇の様に過去にあったものを再現するのではなく、自分独自の表現を創り出す事だと気ずきました。そして創るという事は神様の様に無から有を生じる事ではなく以前にあ ったものを模倣しそれを乗り越える事なのです。浮世絵に影響されたゴッホ、アフリカ芸術から自分独特の絵を創り出したピカソ、漢字からヒントを得たミロ。すべて既に存在したものからデヴェロップされたものです。
僕のたどった道のりも多分同じだったと思います。観たり聴いたりした演劇の
真似をして、それから抜け出そうと努力した人生でした。そしてそれが演劇を通り越して、いかに生きるかという事に繋がって行ったのです。